はじめに

売上高、利益率、人件費、資金繰り。数字を整理すれば、会社の現在地と、これから目指すべき水準が見えてきます。しかし、目標となる数字を示すことと、その目標を達成することとの間には、大きな隔たりがあります。

その隔たりを、どうすれば越えていけるのか。この問いを考えるうえで、深く共感しているのが、幕末に松下村塾で多くの若者を育てた吉田松陰の言葉です。

志ある者が集う学びの場

松陰は、学校を興すことについて、次のような言葉を残しています。

自ら長とする所を挟ける者を募り、貴賤に拘らず、浅深を問はず、皆学生に充つるを得しむ

自らの長所を伸ばそうとする者を募り、身分も学びの深さも問わずに迎え入れる。志さえあれば、誰もが学べる場をつくるという考え方です。

これまで、職員の発案をきっかけに、経営者の皆さまと共に学ぶ勉強会【マジカルサミット】を重ねてきました。そこには、業種も規模も異なる経営者が、自社を変えたいという思いを持って集まっています。

松陰に倣って始めたものではありません。それでも振り返ると、志ある者が学びに集うという点で、その考え方に重なる部分があるように感じます。

経営者が学び続ける意味

松陰は、学問に向き合う姿勢について、次のようにも述べています。

学者自得する所なくして、呶々多言するは、是れ聖賢の戒むる所なり

学ぶ者が自ら体得するところのないまま多くを語ることは、古来の聖人や賢人が戒めてきたことだ、という意味です。

経営を取り巻く環境は常に変化しており、経営者が新しい知識や視点を取り入れ続けることは欠かせません。ただ、学び続けることの意味は、知識を増やすこと自体にあるのではありません。学んだことをもとに自ら考え、判断し、行動に移す。その力を自分のものにしてこそ、学びは会社の成長につながります。

一方で、勉強会を重ねるなかで見えてきたのは、学んだことを実践し、継続することの難しさです。経営者は日々多くの業務を抱えており、目の前の対応に追われるうちに、実践が後回しになることも珍しくありません。勉強会を開催することと、経営者が実際に力をつけることは、同じではないのです。

伴走者の必要性

では、学びを自分のものにするためには、何が必要なのでしょうか。その手がかりが、同じ言葉の冒頭にあります。

学の功たる、気類先づ接し義理従って融る

学問の効果は、まず互いの気持ちや意思が通い合うところから生まれ、そのうえで道理が深く理解されていく、という意味です。学びは一人きりで完結するものではなく、共に考え、語り合える相手がいてこそ深まっていきます。

経営者にとってそうした相手は、同じ志を持つ経営者仲間であり、各分野の専門家であり、日頃から経営の悩みを打ち明けられる身近な存在でもあるはずです。学んだことを、気持ちの通い合う誰かと共に考え、実践へとつなげていく。その伴走者の存在が、学びを経営の成果に結びつけるのではないでしょうか。

おわりに

松陰は、江戸へ向かう門下生の久坂玄瑞を送り出す際、次のような言葉を贈っています。

士此の間に生れて、適く所を択ぶを知らざれば、志気と才と、将た何の用ふる所ぞ

変革の時代に生まれながら、自ら進むべき道を選べないのであれば、志も才能も何の役に立つのか、という激励です。

答えを見つけ、進む道を選ぶのは、経営者ご自身です。その決断を支えるのは、学び続ける姿勢と、共に考える伴走者の存在なのだと思います。松陰の言葉は、百六十年余りを経た今も、そのことを静かに問いかけています。

出典:上田俊成『熱誠の人 吉田松陰語録に学ぶ 人間力を高める生き方』(致知出版社)