医師がご自身の所得税の確定申告を行う際に、もらった報酬が「事業所得」なのか「給与所得」なのか迷う場面もあると思います。
そこで、今回は国税不服審判所の裁決例を見ながら、医師がもらう業務報酬について、事業所得の給与所得の線引きを解説していきます。
医師が、複数の病院等から得た健康診断業務に係る収入により生じた所得について、『事業所得』であるとして所得税等の確定申告書を提出した。
税務署側は、この所得は給与所得に該当するとして所得税の更正処分を行った(令和3年11月19日裁決、棄却)。
「事業所得(所法27)とは、自己の計算と危険において独立して営まれ、営利性、有償性を有し、かつ反復継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められる業務から生ずる所得をいうと解するのが相当である。
給与所得(所法28)とは、雇用契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として使用者から受ける給付をいうと解するのが相当であり、給与所得該当性の判断に当たっては、給与支給者との関係において何らかの空間的、時間的な拘束を受け、継続的ないし断続的に労務又は役務の提供があり、その対価として支給されるものであるかどうかを重視するのが相当である。」
(略)
「これらを総合して判断すると、請求人が本件各医療法人等から支払を受けた本件所得は、自己の計算と危険において独立して営まれる業務から生じたものということはできず、請求人が、本件各医療法人等の指揮命令に服し、本件各医療法人等による空間的、時間的拘束を受けて行った業務ないし労務提供の対価として得たものであるから、給与所得に該当すると認めるのが相当である。」
本裁決例から、事業所得か給与所得の線引きとして、
① 「自己の計算と危険」において独立して営まれているか否か
② 「使用者の指揮命令に服して提供した労務」か
③ 「空間的、時間的な拘束」を受けたか
が示されています。
その3点について、以下で解説するので参考にしてください。
「事業」であると言い得るためには、役務提供に係る成果の成就の危険性や役務提供のための費用の自己負担という要素の存在が必要となります。
例えば、まだ引渡しの終わっていない完成品が不可抗力のため滅失した場合等において、役務提供者が権利として報酬の請求をすることができないリスクを負う場合には、事業所得の性質を有していると判断できます。
また、職務遂行に必要な旅費、設備、備品等の費用について、原則として役務提供者が負担するのが事業であると考えられるとともに、その経費の多寡も判定要素となります。
本件に当てはめると、本件各医療法人等から請求人に支払われる本件所得について、請求人は、指定された業務に従事すれば、その業務の結果に関係なく、あらかじめ本件各医療法人等との間で従事時間に応じて取り決められた対価を請求することができるのであって、健康診断の受診者数の増減や業務の内容に応じて支払われる金額が変動する報酬体系にはなっていなかったことが認められます。
また、請求人は、業務に従事するに当たり、本件各医療法人等から業務に必要な器具等の支給等を受け、交通費についても本件各医療法人等が負担していたことなどからすると、請求人が従事する業務から生じる費用は、基本的に本件各医療法人等が負担しており、請求人が当該業務から一般的に生じ得る危険を負担することはなかったものと認められます。これらのことは、請求人の業務が、自己の計算と危険において独立して営まれていたことを否定する要素であるといえます。
例えば、運送業務の場合には、運送物品、運送先及び納入時間の指定は業務の性格上当然であり、これらが指定されているからといって指揮監督の有無に関係するものではなく、納入に至るまでの運送経路、出発時刻の管理、運送方法等の段取りを支払者が行い、役務提供者には許諾の自由がない場合には、給与所得の判断要素となります。事業所得の場合は業務の遂行方法などの判断は役務提供者自身が行い、支払者は行程管理を行うことができないのが原則となります。
また、本来の請負業務のほか、支払者の依頼、命令などにより他の業務に従事することがある場合は、支払者の指揮命令を受けていることを補強する要素となります。
役務提供に係る「成果」自体よりも、支払者の指揮命令の下に勤務場所や勤務時間が定められた状況で提供した「役務」が支払の根拠になっているものは給与所得になる可能性が高くなります。
本件に当てはめると、医師は各医療法人等から業務内容、従事時間及び従事場所の指定を受けるとともに、従事した業務結果について書面を作成し、各医療法人等に提出することとされていたことなどからすれば、医師は健康診断業務に従事するに当たり、各医療法人等の指揮命令に服していたものと認められます。
給与所得は、特に、給与の支払者との関係において何らかの空間的、時間的な拘束を受け、継続的ないし断続的に労務又は役務の提供があり、その対価として支給されるものかどうかが重要視されなければなりません。
勤務場所及び勤務時間が指定され、支払者に管理されていることは、給与所得の判断要素となります。
本件に当てはめると、各医療法人等は、出勤簿等によって、その医師の業務への従事状況を管理していたことに加えて、医師が健康診断業務に従事するに当たり、業務内容、従事時間及び従事場所を定めていたことなどからすれば、請求人は、健康診断業務に従事するに当たり、本件各医療法人等の空間的、時間的拘束に服していたものと認められます。